「はぁ〜・・・。」
私、は、窓の外を見て、盛大にため息を吐いた。ちょうど、私の席は、窓側の1番後ろの席で、そんなことをしていても、誰にも咎められない。・・・まぁ、どこで、ため息吐こうが私の勝手だし、誰も私のことなんて、気にしちゃいないだろうけど。
なのに、コイツは言うんだ。自分が私のため息の原因になっているとも知らないで。
「どうかしたか。らしくもないな、お前がため息なんて。」
そう言って、コイツは、自分の鞄を机の上にドサッと置いた。
コイツの名は、日吉若。私の隣の席だ。で、コイツはテニス部で、朝練があるから、大体この時間に教室に来る。それを知っていたのに、コイツの存在に気付かず、ため息を吐いたのは、自分でも迂闊だったと思う。
「別に。」
私は、一瞬振り返ったけど、また窓の方を向いて、そう返事した。
アンタになんか、絶対に言わない。アンタが好きで悩んでるなんて、絶対に言わない。
自分でもわかっているけど、私は素直じゃない。だから、好きな人に冷たくしてしまう。これじゃ、小学生じゃんって思うんだけど、やっぱり出来ない。ただ、それが意外と日吉には、周りの可愛い女子よりかは好印象だったみたいで、今では、すっかり仲の良い2人になっている。それは、すごく嬉しいことなんだけど、日吉にしたら、私なんて恋愛対象外なんだ。周囲も、そう思っていることは明らか。
そう、日吉はテニス部なんだ。あのテニス部。テニス部は、全国レベルですごく有名なだけでなく、レギュラー陣がかなりモテる。もちろん、日吉もその1人な訳で。中には、すごく熱狂的なファンもいて、レギュラー陣の誰かと2人きりになるだけで、即行イジメ、みたいな人もいるらしい。だけど、私はそのイジメに遭ったことがない。その噂が嘘なのかもしれないけど、最大の要因は、やっぱり私たちが、どう見ても恋愛感情を持っているようには見えないからだろう。
それで、私は悩んでる。本当は、私は日吉が大好きなんだよ。でも、そう見えないし、日吉は本当に恋愛感情なんて無いだろうし。しかも、コイツのタイプが「清楚な人」ときた。清楚って、何か大人しそうで、可愛い感じだよなぁ。・・・こんなの、私と真逆だろ!
そんなことで悩むなんて、馬鹿だよね。跡部先輩打倒を目標にして、努力している日吉くんには、わからないよね。
「どうせ、くだらないことでも、考えてたんだろ。」
ほら、きた。はいはい、どうせ恋の悩みなんて、アンタにとっちゃ、くだらない悩みよね?!・・・ってか、本当に馬鹿みたい。なんで、こんな憎たらしい奴が好きなんだろう。いや、まぁ、そりゃあ、いつもこんな感じってわけじゃないし。あと、目標目指して、常に頑張っているところとか尊敬するし。授業中とかも、集中して取り組んでる姿がカッコイイなぁ、とか思うし。・・・って、何、思い出してんのよ、私!!あぁ、本当重症だよ。
「はぁ〜・・・。」
そう思うと、またため息が出てきた。
あ、これじゃ日吉に返事してないことになるな、なんて今更思ったけど、どうでもいいや。「くだらないことでも、考えてたんだろ。」に「はい、その通りです。」なんて返すのは、馬鹿みたいだし。だからと言って、「違う。」って言うのは、完全に嘘になっちゃうし。
「・・・・・・・・・。」
返事をしなかった私を責めたり、また、ため息の理由を深く聞くこともなく、日吉は座った。そして、言ったんだ。
「そういえば、。お前、前に道場に来たいとか、言ってたな。」
「は?」
いや、本当。突然すぎて、私もまた可愛くない反応を返しちゃったよ・・・。でも、突然すぎる。確かに言ったけど・・・。
「それが?」
って、私はまた冷たく返した。
こういうのが駄目なんだよな、なんて自己嫌悪に陥っている私には気付かず、日吉は続けた。でも、それにも、私はただ不審に思うばかりだった。
「明日、来るか?」
「へ?」
ほら、また変な返事しちゃったよ・・・。でもさ、これは日吉が悪いよ。突然すぎる。
確かに私は以前、日吉の家が古武術の道場をやっていると聞いて、見に行きたいと言ったことがある。だけど、それに対して、断固拒否したのは、今誘っている日吉本人だ。その時の拒否の仕方ときたら、相変わらず憎たらしい。
まず、私が日吉家の道場がどこにあるか知らないから、来るのは無理だということ。そして、私は古武術に興味があるわけじゃないから、日吉がやっているところを見たいのだけど、日吉がやっているのは部活が休みの日のみで、しかも午前中が多い。要は、私には早起きができないから無理だと言いたいらしい。最終的に、日吉自身が私に見られたくないと言い放った。
1つ目と2つ目の問題なら、どうってことないよ?道場なんて、調べればすぐにわかるだろうし、早起きだって苦手だけど、日吉の為ならできないわけがない。だけど、日吉に見られたくないと言われたら、もう無理じゃない。そこまでして、日吉に嫌われたくないし。
なのに、いきなり、どうしたんだ、コイツは。
「明日、俺は午後から参加することになったんだ。明日、土曜日は午前中が部活で、他校と練習試合をすることになったから、道場の方は昼からになった。それなら、も見れるだろう。それに、練習試合が終わるころ、が学校に来れば、俺はそのまま家に帰れると同時に、お前を道場まで案内できる。」
そうやって、スラスラと日吉は、明日の段取りを言った。
だから、どういう風の吹き回しよ。あんなに嫌がってたのに、突然の誘いは何?
「・・・行っても、いいわけ?」
「どうせ、くだらないこと考えて、明日を無駄に過ごすよりかは、マシかと思ったんだが?まぁ、別に来なくてもいいが。」
「行く。」
私はそう即答した。
ほらね、やっぱり日吉は優しいんだ。私がいつになく悩んでるからって、心配して、嫌々ながらも、気晴らしに道場に来ればいいと言ってくれたんだ。だから、好きなんだよ。
そう思って、私はもう1度言った。
「行く!」
「わかってる・・・!」
今度は嬉しそうに答えた私に、日吉はちょっと呆れ気味にそう言った。内心、やっぱり誘わなきゃよかったなんて、思ったのかな。でも、誘ったのは日吉だし、私も行くって言っちゃったし。やっぱり、止めようなんて、お互い言えないよね?
そう思ったら、日吉には悪いけど、私は本当楽しみになってきた。明日は、どんな服着ていこうかなとか、どんな話をしようかなとか。そうやって、授業もそっちのけで、私は明日のシミュレーションを行った。
そこで、たどり着いた疑問があった。私は、1時間目終了後、すぐに日吉に聞いた。
「ねぇ、日吉。明日、本当にいいんだよね?」
「当然だろ。誘ったのは、こっちだ。」
「うん、ありがと。で、思ったんだけど、お昼ご飯を食べてから、氷帝に行った方がいいわけ?」
・・・自分で言うのも、何だけど。相変わらず、可愛くない疑問だなぁ。何か、ご飯のことばっかり考えてる食いしん坊みたいじゃない。私はそう思ったんだけど、日吉は特に気にしてない様子だった。・・・まぁ、そうか。いつも、「お腹へったぁ〜・・・。」とか言ってるもんね・・・。
「うちで食べるか。」
「・・・・・・・・・えっ?!ちょっ!さすがに、それは・・・!」
「そうか。」
え、何?その反応!「そうか。」ってことは、本気で言ってたってこと?!前まで、道場に来るなって言ってた奴が、今度はうちでご飯を食べてもいいと?おかしいでしょ!というか、日吉家でお食事は無理だ。この日吉のことだ、絶対礼儀作法に煩い家だろう。そんな所じゃ、落ち着いてご飯なんて無理だよ。・・・それに、一応好きな人の家族に会うわけで。そんな状況で、もっと緊張するに決まってるから、無理。
「じゃあ、外で何か食べてから行くか。」
「うん!そうしよう!ぜひ、そうしてくれっ!」
「何なんだ、その反応は。・・・まぁ、いい。店は、が選んでくれ。」
「OK!」
またまた日吉には、変に思われてしまっただろうけど、そんなことはどうでもいい!少なくとも、今は。だって、明日は一緒にご飯食べて、日吉の家に行って、道場での日吉を見る・・・。あぁ、何だかデートみたい!
「そうだなぁ・・・。あのお店もいいなぁ。ま、とりあえず。・・・日吉が入りにくそうな、すっごくカワイイ、カワイイお店をえら・・・。」
「選ぶな。」
「何よ〜。まだ、最後まで言い切ってないでしょ?」
「じゃあ、何て言うつもりだったんだ?」
「ん?それは・・・。カワイイ、カワイイお店を選ばないようにしなく・・・。」
「嘘だな。」
「また、最後まで言い切ってない!」
こうして、くだらない言い合いをしながらも、ちゃんと明日の予定を決めた。
明日の12時半頃に、日吉たちの練習試合が終わるらしい。だから、それぐらいに、氷帝学園の門前に集合。その後、私が決めた、氷帝から10分ほどの所にある、和食のお店で昼食。そして、いざ、日吉家道場へ!という流れになった。
さて、当日。現在、12時15分。
既に、私は氷帝学園の門前に来ていた。・・・10分前に着く予定だったんだけど、楽しみだったから、つい足早になっていたみたいだ。とりあえず・・・、ともう1度確認。
まず、服装。一応、好きな人に会うわけだから、多少のお洒落はしようと、お気に入りのスカートを。とは言え、相手は、あの日吉なのだから、派手にならないよう、今の季節らしく、茶色系で大人しめにまとめてみた。これなら、派手でもなく、地味にもなって・・・うん、なってないね。
そして、お店。やっぱり、日吉は和食の方がいいだろうと、そういう所を選んだ。私も、そこには、何度か行ったことがあり、自分の食べられる、かつ食べやすいものはわかっている。だから、日吉の前で、行儀悪く食べるなんてことはしなくて済む。・・・これは、現段階では予定。
道場に行くまでの話は・・・。まぁ、いつも、いっぱい喋ってるんだから、大丈夫。・・・これも、現段階では予定。
問題は、日吉家に着いたときだよなぁ。「お邪魔します。」で、丁寧に入る・・・。ん?入るのか?それとも、即行で道場に向かうのか?この辺は、本当着いてからしか、わかんないし。どうしようもないかな・・・。とりあえず、出来る限り丁寧に!これを意識しなくちゃ。
「おい、。」
「・・・ん?ひゃっ!ひ、ひよし!!」
呼ばれて振り返れば、そこには、なんと!日吉がいた。・・・いや、待ち合わせしてたんだから、いるのは当然なんだけど。
「え、え?今、何時?」
「大体・・・。12時・・・25分・・・ぐらいだな。」
校門を入ったところにある時計を見て、日吉はそう答えてくれた。私も慌てて、自分の携帯で確認したら、12時26分だった。
私があれこれ考えている間に、もう10分も経ってたなんて・・・。しかも、12時半に練習試合は終わるはずだったのに。
「は、早かったね。」
「そうだな。・・・それに、早く行きたいんだ。」
「えっ・・・。」
それって、どういう意味?もしかして、本当は私と行くことを楽しみに・・・!
「・・・そうしないと、呑気にこんな所で待ち合わせなんかしてたら、先輩たちに、何言われるか、わからない。」
いつもの口調で、日吉はそう言った。
・・・そうよね。少しでも期待した私が、馬鹿でしたよ。
「じゃ、さっさと行くよっ!」
こうして、少し投げやりな気分で、私は歩き始めた。
・・・とは言っても、好きな人と歩いて、外食して、そして好きな人の家へ向かう。これは、かなりの非日常な世界。やっぱり、私も緊張してたんだな、って今更思った。
私たちは、いつの間にか、お昼ご飯を食べ終えて、私の家の近くの通りまで戻ってきていた。そう、私は緊張して、一体何を食べ、何を話して、ここまで来たのかがわからなくなってしまったのだ。もちろん、なんとなくは覚えてるんだけど。でも、事細かには思い出せなくて。やっぱり、重症だなぁ・・・、なんて思っていたら、日吉がすっと右へ曲がった。
「わっ・・・!そっちか。自分の家がこっちだから、思わず左に曲がろうとしたよ。」
そう言って、私は左手で、道を指さした。左に曲がるという習慣だし、しかも今は考え事をしてたから、本当、日吉について行けなかった。
「へぇ〜。は、あっちなのか。ここからじゃ、どれくらいかかるんだ?」
日吉が私の家に興味を持ってくれた。少しでも、私のことを気にしてくれたことが嬉しかった。・・・やっぱり、重症だね。
「すぐそこだよ。」
「ここから見えるのか?」
日吉はそう聞いて、少し右に進んでいたのにも拘らず、道が分かれている所まで、戻ってくれた。
・・・あぁ、やばい。ものすごい感動。
「うん。右側の・・・手前から・・・1、2、3軒目。」
またも緊張しそうになりながらも、私は指で家をさした。
それを見ながら、日吉は言った。
「あれか。じゃあ、俺の家とかなり近いな。」
「そうなの?日吉の家は、ここからどれくらい?」
「まぁ・・・、15分ぐらいだと思う。」
「へぇ〜!本当、近いんだね!今まで、全く知らなかった。」
これは、かなりの大発見だ。本当に知らなかったから、すごく嬉しかった。
と思っていたら。
「それなのに、お前は俺の道場、知らなかったのかよ。」
・・・相変わらず、口の悪い奴。
アンタが道場に来るな、っていうから調べなかったのよ!そりゃ、道場なんて、簡単に調べられると思ったよ。でも、わかっちゃったら、絶対行きたくなるから、あえて避けて、調べなかったのに。そんな人の苦労も知らないで。
「そうねっ。」
私は、ものすごく、怒り気味で、そう吐き捨てた。
なのに。
「もう少し、周りを気にしたら、どうだ?」
「日吉に言われたくない。」
本当に。周りを気にしたら、なんて日吉には言われたくない。まだ、アンタよりかは気にしてるわよ。
「たしかに。」
そう言って、日吉は笑った。・・・何だよ、卑怯だ。そんな笑顔見せられちゃ、こっちも怒る気、失せる。まぁ、元々怒る気なんて無いけどさっ!
「相変わらず、変な日吉。」
「お前も、な。」
そして、今度はニヤリと日吉は笑った。本当、いろんな意味で、敵わない。
そうこうして、右の道を真っ直ぐ進んで、10分ほどが経った。
「日吉・・・、まさか・・・。」
「ん、どうした?・・・あぁ、そろそろ見えてきた。」
ねぇ、日吉・・・。まさか・・・、あの1軒だけ、遠近感わからなくなるほど、やたらでかい、あの家・・・いや、屋敷ですか?!って言いたかったんだけど。日吉は、あっさり言った。
「あの突き当たりにある、ちょっと見える家だ。」
「やっぱり・・・。ってか、すごい・・・。来るんじゃなかった・・・。」
「なんだ、今から引き返すのか?」
そう日吉は、聞いた。そんなことするわけないでしょ!少し怖気づいたとは言え、好きな人と、その家を前にして、戻るなんて女が廃るってもんよ!
「行く。」
そして、5分後。日吉家の前に到着。
「やっぱり、来るんじゃなかった・・・。」
近づけば近づくほど、その家のでかさがわかるわけで。もう、タイムスリップした感じ。日吉の家は縦よりも、横に大きい和風の家だった。
「でかいと言うか、広い。」
そんな私の呟きに、日吉はご丁寧に答えた。
別に、そんなの無視してくれればいいのに。
「それは、道場があるからだ。別に、家だけで、こんなにも敷地を使っているわけじゃない。」
「そうだとしても、広いの!」
そう言い合い、私が入るのを躊躇っていると、中から人が出てきた。
・・・男の人と女の人。正直言って、この家とは、とても不釣合いの2人だった。男の人は、日吉よりも、もっと金に近い髪の色をしていて、耳にピアスが何個かある。女の人は、金というよりも、赤に近い茶髪だったけれど、それでもとても明るい髪の色だった。どちらも、絶対に地毛ではない。しかも、女の人は、かなり派手な化粧だった。
「おぉ、若。今、帰ったのか。」
「に、兄さん・・・!」
に、にいさん?も、もしかして、日吉のお兄さん?!!
「あら〜、若くん久しぶり〜。ってか、若くんもカノジョ連れ?」
若くんも、ということは、おそらく、この女の人は、日吉のお兄さんの彼女!
「いえ、ただのクラスメートです。」
・・・たしかに、そうだけど。あまりに、はっきり言われちゃ、結構ショックなんだけど。
って、そんなことを考えてる場合じゃない!あまりの驚きに忘れてたけど、日吉のお兄さんなら、ちゃんと丁寧にしないと!
「若くんと同じクラスのです。初めまして。」
「かわいい〜!!私は、コイツの彼女のルミ。よろしく!で、コイツが私のカレシで〜、若くんのお兄さんの孝。」
「あのなぁ・・・。勝手に、俺のまで言ってんじゃねぇよ。ま、よろしく。ちゃん・・・だっけか。」
「は、はい!」
「そんな畏まる必要ないって。つーか、ホントかわいいよな。ルミ、お前もちゃんを見習えって。」
「何よ〜!そういうアンタこそ・・・!」
な、何だか、ケンカっぽいのに、楽しそう・・・。すごく、テンションが高いなぁ。正直、ちょっと、絡みづらいかも・・・。
そんな、失礼なことを考えていたら、横の日吉がすごく嫌そうな顔つきで言った。
「で、兄さん。どこに行くんですか。道場の方は・・・?」
「それは・・・、あれだ。いつも通り、頼むぜ。・・・ってことだ。」
お兄さんがそう返すと、日吉がちょっとため息を吐いた。
いつも通りって、どういうことだろう?
「ゴメンねぇ、若くん。ホント、アンタこそ、若くんを見習ったらぁ?」
「うるせぇよっ。じゃあな、若。ちゃんも、またな。」
「よろしくね、若くん。それから、ちゃん。また今度、いっぱいお喋りしよ〜ねぇ?」
「は、はいっ!さようなら。」
あまり状況が把握できないまま、私は2人に一礼した。
「バイバ〜イ。」
顔を上げると、ルミさんが手を振ってくれたので、慌てて、もう一度礼をした。
そして、2人が前を向いたとき、私は日吉の方を見た。
「はぁ〜・・・。」
「日吉?」
日吉は、ほんの少し下を見ながら、目を閉じた。その仕草がやけにかっこよくて、慌てて目を逸らそうとした。だけど、その前に日吉が目を開けて、こっちを見てきたから、逸らすことができなかった。
や、やばい・・・。
「は・・・。」
「な、何?」
突然、名前を呼ばれて、慌てる私。
「あの2人、何ともないのか。」
「へ?」
少し日吉にときめいてしまっていた私は、日吉の言葉の意味を理解するのが遅くなってしまった。
・・・というか、日吉って、いつも突然だ。今日の誘いも突然だし。私を驚かせるのも、大概にしてよ。
「何とも・・・って?」
「俺は正直、あの人たちが苦手だ。」
あぁ、やっぱり。
2人が出てきたとき、日吉家と似合わないなぁ、と思ったのは、日吉とタイプが違うなぁ、と感じたから。だから、日吉は苦手そうだよなぁ、と思っていた。
「兄は練習をサボるし、それを止めようともしないし。2人とも、俺とは考えが合わない。」
なるほどね。さっきの『いつも通り』っていうのは、道場をサボる、っていうことだったのね。そして、日吉がそれをうまいこと誤魔化す・・・・・・わけはないか。とにかく、日吉もいろいろと言われるんだろうなぁ。
そんな日吉を想像すると、なんだか面白くて。私は、少し笑いながら言った。
「まぁ、日吉のイメージとは、全然違うなぁと。お兄さんとも、そんなに似てないし。ルミさんも、日吉のタイプじゃないだろうなぁ、って。」
「・・・タイプは関係ないだろ。」
あれ?もしかして・・・。怒らせた?いや、たぶん、日吉はこういう話が苦手なだけだ。・・・そういえば、そんな話って、今までしたことないかも。
「でも、日吉のタイプは清楚な人でしょ?失礼だけど、ルミさんは清楚って感じではないと思うんだよねー。」
「なんで、がそんなこと知ってんだよ?」
あらら?もっと不機嫌になっちゃった?仕方がないじゃん。昨日から、・・・って言うか、ずっと気になってることだもん。
でも、私も私だよね。日吉は、こんな話したくなさそうなのに、喋っちゃって。
「ん〜、どこだったかな。なんか、日吉ファンの子が言ってんのを聞いた。それだけ。」
「そうか。」
「うん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
・・・え〜っと、何?この沈黙。日吉家に入る前にして、この気まずさ。まずくない?
「ま、まぁね!私も人のこと言えないって感じだけどね〜!さ、行こうか。」
「・・・いや。は・・・。」
「へ?」
私が勇気を振り絞って声を出し、さっきの話を終わらせたつもりだったんだけど。
日吉が微妙に返事をした気がした・・・のは、気のせい?
「日吉、何か言った?」
「いや・・・。」
「何かは言ったでしょ?何?」
こういうときも、強気に行くよ。私たちって、そういう仲じゃない。・・・良く言えば、素直に言い合える仲。悪く言えば、私の可愛げが無いだけの仲。
だと思ったけど。
「・・・は、清楚だろ。」
え、え?ちょっと待って。何、それ。どういう意味?訳がわかりません、日吉先生。
私の脳内は、そんなパニックになっているって言うのに、何故か私の返答は普通だった。
「え?そう?」
なんで、こんなに落ち着いた声が出たんだろ・・・。
「俺は、そう思う。」
でも、自分の落ち着いた声のおかげで、少し正気を取り戻した。
そうだ。日吉のタイプは『清楚な人』で、私も『清楚』だと思ってもらえているらしいけど。決して、好きとか、そういうことじゃないんだ。そうじゃなきゃ、おかしいよ。
あぁ、日吉が私のことを好きなら、良かったけど。それは、有り得ない。有り得ないよ。
期待しそうになった自分に、そう言い聞かせた。
「そうかなー?でも、清楚って、なんか大人しくて、可愛い感じのイメージだけど?」
言い聞かせたおかげで、私はもっと、いつも通りに笑いながら言うことができた。
・・・でも、少し辛かった。パニックはなくなったけど、やっぱり切ないよ。
「それなら、とかけ離れてるな。」
うっ・・・、全くコイツは・・・。追い討ちをかけんな!
「だけど、俺が思う清楚は、そういう意味じゃない。そもそも、辞書的な意味でも無いだろ。それは、が勝手に想像している意味だ。」
・・・と思ったのに、いきなりのフォロー。やっぱり、優しいのよね、日吉って。
あ〜ぁ、本当、余計に切なくなるわ。
「じゃ、清楚って、どういう意味?」
「・・・自分で調べろ。」
と思ったら、またも突き放す。何よ、本当。
でも、こう言われた方が私も、いつも通りに返せる。
「だって、今知りたい。でも、辞書持ってないし。なんなら、日吉の家がここなんだから、辞書持ってきてくれてもいいけど?さぁ、日吉が言うか、辞書を持ってくるか。どっち?」
「・・・わかったよ。清楚っていうのは、辞書的には・・・。たしか、飾り気が無く清らかとした様、とかそんな意味だ。」
・・・・・・・・・いや、やっぱり・・・。
「それって、私に当てはまってんの?」
だって、清らかって・・・。これまた、綺麗なイメージが出てきたんですけど?
残念ながら、私は可愛いタイプでもなければ、美人な方でもない。じゃ、やっぱり違うじゃん!とは、抗議できないわけで。だって、日吉は私を恋愛対象として見てないはずだから。とりあえず、疑問を口に出すぐらいは、許してくれるだろう。
というわけで、そんな返事をした私だったんだけど。それに対しての日吉の返事は・・・。
「当てはまってるだろ。飾り気の無いとこが。」
「あぁ、そこか!」
ホント、口に出したとおりに、私は思ったよ。そこか、と。それなら、納得だ。
いや、でも、これは喜ぶべきとこじゃないな。結局、恋愛対象じゃなさそうだし。
「ビックリしたよ。日吉が私のことを全然見抜けてないのかと思った!」
「そんな訳ないだろ。どれだけ話してきてると思ってんだ。」
日吉のその言葉がすごく嬉しかった。たとえ、恋愛感情は無くても、友達として日吉にこんなにも認められて、素直に喜べた。だから、私もさっきの落ち込みなんて、すっかり無くして・・・・・・いや、ちょっとはあるけど、この際置いといて。
私は普段通り、日吉との話を続けた・・・つもりだったのに。
「それもそうだけど。でも、私が清楚なんて、一欠けらも思ってなかったから。だから、驚いた。でも、飾り気が無いってとこでは、私も清楚だと捉えることもできるのか。なるほどね。」
「・・・・・・お前・・・。はぁ・・・。」
え?なんか、日吉に思い切りため息を吐かれました。何、私悪いこと言いました?言ってませんよね?
「・・・え、ごめん。何?どうした?」
「気付けよ、馬鹿。」
「・・・・・・・・・何に?」
「・・・もういい。行くぞ。」
今度は日吉が家に入ろうと、進みだした。
・・・いやいや!そうじゃなくて!話の途中でしょうが!
私は、前にいる日吉の服の裾をつかんで、日吉を止めた。・・・相変わらず、力技にも頼るほど、可愛くない止め方だ・・・!
「ちょっと!ちゃんと説明してください!」
「・・・・・・いや、俺が悪かった。が意味を理解できないってことは、そういう気が無いってことだ。・・・だから、もういい。」
「・・・そういう気、って?」
「・・・お前、俺に追い討ちをかけたいのか?」
「そういうつもりはありませんが・・・。ちゃんと説明してくれなきゃ、わからないんです。日吉と違って、頭悪いからね。」
日吉は、またため息を吐いた。
何、そんなに説明するのが面倒なの?でも、ゴメンよ。だって、気になるし。
要は、ちょっと言いかけた日吉が悪い!そうだそうだ!
「大体、俺のタイプが清楚な人で、も清楚だって言ってんだから、わかるだろっ。」
「・・・なんて、投げやりな説明。」
「うるさい。・・・で、理解できたのか。」
これまた投げやりに言う日吉。何をそんなに怒ってるんですか?
ここで、理解できないって言えば、もっと怒らすだろうなぁ。・・・でも、理解できないなぁ。
いや、1つの答えは出てる。ただ、それは答えじゃなくて、希望。さっきから、考えている私の希望。だから、正答ではないはず。
「ん〜・・・。理解できた・・・・・・・・・と言うか、勘違いはできた。」
「何だよ、それ。」
「いや、日吉のタイプが清楚な人で、私も清楚に入るなら、私は日吉のタイプにも入るわけで・・・。つまり、日吉は・・・・・・・・・・・・・・・って、勘違い。」
「たぶん、それで当たってる。」
「いやいや!それはないって!やっぱ、日吉からちゃんと説明してよ。」
「・・・。だから。俺は・・・。・・・・・・俺は、好きでもない奴をこうやって家に呼んだり、好きでもない奴に古武術の練習を見られたくないと意識したりはしない。」
「・・・・・・要は、好きってこと?」
「そうなるな。」
日吉は、そう淡々と言ってのけた。でも、私の方を見てはいない。・・・これは、照れていると考えてもいいのだろうか。
いや、その前に。
「え〜っと。何、これ。ドッキリとか、そういうのじゃないよね?」
「俺もそこまで、性格悪くない。」
「だよね・・・。・・・って、本当?!」
「だから、そう言ってんだろ・・・。本当、お前はどれだけ俺を意識してないんだよ。」
「待った!それ誤解!むしろ、逆!逆!!」
焦る私に、日吉は理解不能だと言わんばかりに、冷たい視線を向けてきた。
それが好きな女にする態度ですか。・・・まぁ、人のことは言えませんが。
「私も、日吉のこと好き!だから、昨日も日吉のタイプと自分があまりにかけ離れてるから、つい悩んでため息を・・・。」
「・・・そうだったのか?」
「そうだったんです。」
「そうか。でも、お前、そんな素振り、ちっとも見せないから。てっきり、そういう気は無いかと思った。」
「いや、それは日吉も同じだし。」
「・・・そうか。」
「そうです。」
これで、めでたく2人は結ばれました・・・・・・的な展開も無く!いや、私と日吉だから、当然だし、私も日吉に好かれてたなら、もうそれでいいし。
「じゃ、そろそろ入るぞ。」
「うん、そうだね。」
ただ、ちょっと気恥ずかしいなぁ、と思いながら、私たちは日吉家にやっと入った。
そこで、意外と気さくな日吉のお母様に、「あら、若も彼女連れて来たの?」と言われ、どう返答するか迷っている日吉がすごく面白くて、笑ってやった。
日吉には後で怒られたけど、「さっき、付き合いました、って言えば良かったんじゃないの?」なんて言ったら、「それが好きな男に対する態度か。」ってまた怒られた。そんなのお互い様でしょうが。
相変わらず、こんな私たちで、周囲にも気付かれないという始末だけど、これが私たちにとっては楽だし、何だかんだ言って幸せだし、それでいいと思えた。これからも、飾り気の無い私で行きます。
ついでに。後に、ルミさんとは恋バナをするほどの仲になりました。だから、日吉は孝お兄さんとお母様に、またからかわれてました。・・・楽しい。
「私って清楚じゃないよなぁ・・・」そう思っていらっしゃる、日吉ファンの皆様に捧げます!(笑)
私自身、全然『清楚』というイメージが無いので、こういう自分に都合のいい解釈をしています♪
それで、このような話を書いてみました!
そして、オリキャラも出しちゃいました。日吉のお兄さんとその彼女さん。
「Brother And Sister」でも日吉のお兄さんを書きましたが、そのお兄さんとは正反対のイメージで。私の中で、日吉兄はこの2つのイメージなんです。
だけど、2人とも優しくて、弟思いなイメージです。とりあえず、「Brother And Sister」でも書きましたが、続編等で、もっとお兄さんを書きたいと思っています。
今回の場合、お母様と彼女さんも書きたいです。で、みんなにからかわれる日吉というのを書いてみたいですね(笑)。
('08/02/06)